2012年2月20日月曜日

人でなしの恋

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わたしは仏像にしばしば恋をする。

絵画にも恋をする。

書物の著者や作家や詩人にも恋をする。


東博の常設展で、一体の仏像に出会った。

平安後期の十一面観音で、平安後期といっても、様式的にはほとんど鎌倉の仏教彫刻に入るくらいの、玉眼が施された、写実的で秀麗な顔立ちの仏像である。

観音菩薩像は、多くの場合、女性的な優美な彫像や官能的な彫像が多いのだが、この十一面観音はきわめて男性的で、理知的であり、とりわけ印象的だったのは、そのまなざしである。

見る者を射すくめるようなまなざし。

否、自分を、このわたしを、ずっと見つめているようなまなざし。

このわたしだけを、意識的に見つめているようなまなざしなのだ。

それはけっして愛情あふれる優しいまなざしてはない。
鋭いまなざしだ。

何かをわたしに訴えかけるような、諭すような、戒めるような、それでいて救い上げるような、
抗いがたいまなざしなのだ。

それは、
プルーストが『失われた時を求めて』のなかで、
「私たちが一人の女を愛するためには、(中略)ある場合には、女が軽蔑を込めて眺め、私たちがけっしてこの女をものにできないと考えるだけで十分なのだが、またある場合には、ゲルマント夫人のやったように、女が好意を込めて眺め、こちらは、いつか彼女が自分のものになるかもしれないと考えるだけで十分なのである」(鈴木道彦訳)と言った、「ステンドグラスを通った太陽の光のような青い視線」に似ているのかもしれない。

その崇高なる不可侵の十一面観音の属性とは矛盾する、生々しい、性的魅力を感じさせる、意志と感情を宿したような、わたしだけを愛し、わたしだけを見つめていてくれるようなまなざしに、わたしはうっとりと吸い込まれていった。

それは、作者である仏師が意図したことなのだろうか。
そのときわたしが感じたような特別な思いを、万人に感じさせるために、平安末期の仏師が仕組んだたくらみだったのか。


そうなのだろうか。



平安後期の人の平均身長は、おそらく今よりもはるかに低かっただろう。
(幕末でさえ、男性の平均身長は155センチほどだった。)

身長170センチのわたしと視線が合うならば、おのずと当時の人々の視線とは噛み合わなかったはずだ。

それとも、東博のスタッフが、現代人の身長に合わせて、来館者の視線と合うように配置し、照明をデザインしたのだろうか。

その可能性もなきにしもあらずだが、やはりわたしは、恋する者の身勝手な思い込みに陶然と身をゆだねて、あの観音像と時空を超えて、あのとき束の間見つめ合い、観念的な何かを通い合わせたと信じたい。
                            
                                    




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