第Ⅰ部〈プロローグ コレクションのはじまり〉
文明開化後、西洋化が推奨され、日本文化が軽視されていたなか、日本の美術を高く評価し、没落した大名家や廃寺から散逸していた名品を蒐集したフェノロサー、ビゲロー、岡倉天心の功績をたたえるコーナー。
ここでは、日本画革新の運動を興し、新しい画家を育てるためにフェノロサが主宰した「鑑画会」の成果ともいえる、狩野芳崖や橋本雅邦の作品が展示されていた。
4 《騎龍弁天》 橋本雅邦 1886年頃 (数字は作品番号)
鑑画会の2等賞に入賞した作品。
逆巻く大海原の波間から勢いよく天に昇る龍。その背中には、佳人のように優雅な弁財天が坐っている。幕末までの日本画には見られなかった鮮やかな配色が印象的だった。
東京国立近代美術館に、原田直次郎の油彩画《騎龍観音》が所蔵されているが、あの大画面の絵は、雅邦のこの《騎龍弁天》から着想を得たものだろうか。
革新的な日本画が、革新的な洋画にインスピレーションを与え、相乗効果で斬新な作品が生まれていく。明治という時代の面白さがイメージできる作品だった。
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参考:《騎龍観音》原田直次郎、1890年 |
フェノロサは、その講演記録『美術真説』(1882年)のなかで、芸術の本質は「妙想(イデア)」(理念の表現)にあると述べている。
彼は絵画創作上の大きな要素として、線と明暗(濃淡)と色彩の3つをあげ、それに絵の主題を加えた4つがそれぞれ調和をとり、統一をはかることが必要であり、さらにそこに「妙想」を表現する「意匠」と、それを実際の画面にする技の力が必要であると説いている。
これらの条件がそろってはじめて「妙想」ある絵画が成立するという。
そして、妙想という観点から、フェノロサは日本画と西洋画(油絵)を以下のように比較考察する。
(1)日本画と油絵を比較した時に、油絵ははるかに写生的で実物を模写した写真のようなものであり、写生を重視して「妙想」を失っている。すべての絵には写実を超えた理念がなければならないが、いまの油絵にはそれが欠けているものが多い。日本画のなかでも、円山派や北斎は写生に走って画道の本領から遠ざかった。
(2)ものを描く以上は陰を描くのが当然のようだが、あまりに科学的に絵をとらえようとすると「妙想」を失う恐れがある。その点、日本画はわずかの墨だけで「妙想」を表せる、としている。
(3)日本画は実物を写生的に描かず、線で美しさを強調して、妙想を表す長所がある。
(4)色彩表現の豊かさに頼っているために、油絵は妙想を忘れる傾向がある。
(5)簡潔な方が画面全体を引き締めることは言うまでもない。
このように、フェノロサの考察によると、日本画の欠点とされた陰翳の欠如や線描きを主体とする描写法も、「妙想」を重視する観点からすれば、逆に長所として生かせることになる。
フェノロサはたんに自分の好みだけで日本画に傾倒していたのではなく、西洋画との違いを論理的に分析したうえで、日本の美術を評価したことが以上の記述からわかる。
現に、彼の日本美術の収集法はけっして恣意的なものではなかった。彼は日本美術史をシステマティックに整理し、美術品を系統立てて買い取っていったので、今回の展示も順番に鑑賞していくことで、日本の美術史を概観できるようになっていた。
参考文献:堀田謹吾『名品流転 ボストン美術館の「日本」』