2010年9月3日金曜日

カポディモンテ美術館展:神はすべてを与え、すべてを奪いたもうた

 
 初秋であることを忘れるほど残暑の厳しい9月の初日、上野の国立西洋美術館で開かれている『カポディモンテ美術館』展に行ってきた。


 カポディモンテ美術館は、18世紀前半にナポリ王カルロス7世(ややこしいですが、のちのスペイン王、ブルボン家のカルロス3世のこと)によって建てられた宮殿がそのまま美術館になったもの。今回はルネサンスからバロックまでのイタリア絵画が展示され、夢ねこが大好きなマニエリスムの作品もたくさん来ているようなので、期待に胸をふくらませて、いざ中へ。

 展覧会は3部構成になっており、第Ⅰ部は「イタリアのルネサンス・バロック美術」だった。
 ここではおもに、パルマ公などを輩出したイタリアの名門貴族ファルネーゼ家が収集したルネサンスから初期バロックの作品が展示されていた。

 コレッジョ初期の作品『聖アントニウス』や、ガローファロ『聖セバスティアヌス』(例のごとく、矢がこれでもかというくらい突き刺さっている残酷美ともいうべき美青年の図)など、いかにもルネサンスらしい絵画が続いた後、いよいよパルミジャニーノやブロンツィーノといったマニエリスムの絵画が登場する。

 パルミジャニーノ(「パルマの若造」の意。本名はフランチェスコ・マッツォラ)の作品は、この展覧会の目玉でもある『アンテア』。
 結いあげた豊かな黒髪、ルビーと真珠の髪飾り、しっとりと潤んだ黒い瞳、彫刻のように端正な目鼻立ち、秀麗な柳眉、凛とひきしまった口元。彼女が今でも多くの人をひきつけてやまないのは、そのどこか東洋的で、洗練された現代的な美しさゆえであろう。金糸で織られた豪華なドレスは渋い輝きを放ち、緑の背景とともに、アンテアから漂う気品と神秘性を高めている。

 超ナルシストで同性愛者だったパルミジャニーノには、モデルに対する恋心も劣情もない。ただ純粋に、ひたむきにその美から霊感を得、その美を糧として理想の美をつくりあげ、それを絵として具現化したのだろう。 その透徹した冷たい美しさは、同画家が描いた『凸面鏡の自画像』を髣髴とさせる。











  


   画面に描かれた際の顔の向き、手を前に出すしぐさ(凸面鏡に映っているので自画像のほうも実際は左手を前に出している)、左手の小指にはめた指輪、光の当たり具合、整った目鼻立ち。2つの絵の類似性をあげればきりがない。

 だが究極の類似性は、パルミジャニーノが思い描く自分の理想の姿だろう。『凸面鏡の自画像』が、彼自身の美しさを「永遠の若さ」という形で表現したものならば、『アンテア』は自らの美しさを「女性」という形で表したものといえる。『アンテア』のモデルについては、高級娼婦や貴婦人など諸説あるが、それが誰であったにしろ、彼女はあくまで画家が女性像を描くために使った「鋳型」にすぎず、ほんとうのモデルはパルミジャニーノ自身だったのではないだろうか。

 パルミジャニーノは晩年、錬金術に凝り、まだ三十代だったにもかかわらず容貌が急速に衰え(不老長寿の秘薬を自分で試して失敗したからか?)、路上生活者になり果てて、37歳で夭逝した。
 変わり果てた自分の姿と、永遠に変わらない美しい自画像。ある意味、比類なき才能と美貌の二物を天から与えられた画家らしい最期といえるかもしれない。