2010年6月12日土曜日

オルセー美術館展:アンリ・ルソー

第9章 アンリ・ルソー
 

 ルソーの作品2点が展示されたコーナー。

 ルソーの絵のなかで、『カーニバルの夕べ』の次に好きなジャングル・シリーズ。今回はパンフレットやチケットにも掲載されている『蛇使いの女』が来日した。

 巨大な熱帯植物や多肉植物は、ルソーがパリの植物園で観た植物や図鑑を参考にして描いたもの。水気をたっぷり含んだその瑞々しい質感が絵から伝わってくるようだ。
 静かな湖上に浮かぶ満月が、鬱蒼と生い茂るジャングルの木々と肉感的な蛇使いの女を背後から明るく照らし、インドネシアの影絵芝居のような幻想的な世界を創りあげている。

 鎌首をもたげた大蛇たちが笛の音に吸い寄せられ、フラミンゴやインコらしき鳥たちもその妙なる調べにうっとりと聞き入り、草木までもが枝葉を楽しげに揺らしている。
 ジャングルいっぱいに陶然とした幸福感が満ちているようで、こちらも夢の中にいるような気分になれる素敵な絵だった(ルソーは特に月夜の絵がいいね)。



 このコーナーのもうひとつの展示作品『戦争』は、ルソーが税関を退職した直後に描いた大作である。「(戦争)それは至るところに、恐怖と絶望と涙と廃墟を残して通り過ぎる」とルソーは述べている。

 画面下半分は死屍累々たる惨状が占め、画面中央では、戦争の擬人像とされる炎と剣を手にした少女(?)が、たてがみのような髪を振り乱しながら馬らしき獣にまたがって、折り重なる死体の上を飛ぶように駆けていく。

 前景のズボンをはいた男性の死体はルソー自身、右の方で鳥に啄ばまれている死体はルソーの後妻となるジョゼフィーヌの前夫を描いたとされる(自虐的なブラックユーモアか?)。

 戦争の擬人像は原始的な姿で、怖いというか、不気味な感じがするが、死体はどれも生身の人間というよりは、張り子の人形のようだし、背景の色も明るい空色なので、戦争の悲惨さや残虐さがダイレクトには伝わってこない。それが却ってシュールでカリカチュア的な雰囲気を醸し出しているという、不思議な絵だった。

 ルソーについてはこんなエピソードがある。
 コレクターで批評家のウーデによって、その最晩年にようやく個展が企画された。だが、招待状に会場の記載がなかったため、個展には誰も来なかったという。

 ルソー、ゴッホ、ゴーギャン。生前は世に認められることのなかった画家たちの絵が、いま世界中で高い評価を受けている。
 生きているあいだに成功をつかみ、その死後に忘れ去られる画家もいれば、ルソーのような画家たちもいる。はたしてどちらが幸せなのか。 

 それはおそらく、どちらが幸せということではなく、絵を描くという行為そのものに幸せを感じた者が、いちばん幸せなのかもしれない。