2012年5月18日金曜日

KATAGAMI Style 世界が恋した日本のデザイン


急に肌寒くなった先週の日曜日、三菱一号館美術館で開催されている『KATAGAMI Style』展に行ってみた。


綿や絹に模様を染めつけるために使われた日本の「型紙」。

19世紀から20世紀への世紀転換期に、日本の型紙デザインが欧米の美術・工芸改革運動に影響を与えた軌跡をたどる展覧会だったので、夢ねこもテーマに合わせて、型染め紬の着物と更紗の帯といういでたちで鑑賞した。
(江戸小紋など、型染めを意識した着物姿の来場者も比較的多かったようだ。)




本展は5つのパートで構成される。

●第1章 型紙の世界:日本における型紙の歴史とその展開

江戸から明治にかけて制作された型紙と型染めの着物などを展示。
国貞や英泉、豊国、国芳などの浮世絵に見られる着物の文様、型紙の見本帳、江戸時代のファッションブック『当世七宝常盤雛型』なども陳列されていた。

《千鳥に波》など、伝統的な文様だが、抽象的でありながら、波浪の動きが生き生きとダイナミックに表現されていて、当時の日本人のデザイン感覚の高さを再認識した。




●第2章 型紙とアーツ・アンド・クラフツ:英米圏における型紙受容の諸展開
 

19世紀後半、プロダクトデザイナーの先駆的存在だったクリストファー・ドレッサーが日本を視察して、型染め技法をイギリスに紹介。それをきっかけに、リバティー百貨店では型紙が販売され、アーツ・アンド・クラフツ運動にも大きな影響を及ぼした。

ここでは、ウィリアム・モリスやチャールズ・レニー・マッキントッシュらが手がけたテキスタイルや家具、壁紙に見られる、蟹や雪輪、杜若などの日本的な文様や渋い微妙な色づかいが紹介されていた。

このコーナーで興味深かったのが、ワイルド作・ビアズレー画の『サロメ』初版本。

浮遊するサロメがヨハネの生首を持ってキスしようとする有名なクライマックスの場面(Oh, how I loved thee, I love thee yet, Jokanaan)が展示されており、ビアズレーがこの画の背景を描くにあたって参照したと思われる「唐草菊の型紙」もすぐ隣に並べられていたので、影響関係がよくわかるようになっていた。

狂い咲く唐草菊の過剰な表現が、サロメの病的な邪恋から醸し出される妄執のようなものを見事にあらわしていて、そういえば、「サロメ」の雰囲気って、南北や黙阿弥が描いた幕末歌舞伎の猟奇性と通じるものがあることにあらためて気づかされた。




●第3章 型紙とアール・ヌーヴォー:仏語圏における型紙受容の諸展開

アール・ヌーヴォーやナビ派への型紙デザインの影響をさぐるコーナー。
ミュシャのポスターや、ルネ・ラリック、ドーム兄弟、エミール・ガレの工芸品や宝飾品、ドニの絵画(彼の作品《家族の肖像》には、ドニ自身がデザインした壁紙が描かれている)などを展示。

ここで目を引いたのが、ガーネットを使ったサクランボ模様の金の「ボンボン入れ」。
香水瓶か嗅ぎ煙草入れくらいの大きさだろうか、おそらくボンボンが2~3個入るくらいの本当に小さな、小さな容器だ。

プルーストなどのベル・エポックの小説には貴婦人やココットが、宝石をあしらった、媚薬でも入っているようなほど妖しげで美しいミニチュアの器に入った甘く繊細な砂糖菓子を、「おひとつ、いかが?」と紳士や伊達男に勧める場面がよく描かれているが、この愛らしい容器を見ているだけで、当時の社交界の優雅で蠱惑的なワンシーンが浮かんでくる。



●第4章 型紙とユーゲントシュティール:独語圏における型紙受容の展開
頽廃的なルートヴィヒ2世の時代も終わり、19世紀後半に統一されたドイツでは、自国産業の発展のために、工芸関係の博物館や学校が数多く設立された。日本の型紙の需要に大きく貢献したのが、この工芸博物館・学校だった。
このコーナーでは、ドイツ語圏各地の工芸改革運動やユーゲントシュティールに型紙デザインの与えた影響がマイセンなどの工芸品を通して紹介されていた。

型紙の影響を受けて開花したフランスのアール・ヌーヴォーが華やかで有機的だったのに対し、モノクロームを基調とするドイツのユーゲントシュティールは、シックで無機質な印象。

ウィーン分離派のオーストリア造形芸術家連盟展のポスターなどが面白かった。


●第5章 現代に受け継がれる型紙デザイン

カーペットやカーテン、ファブリック、陶磁器などに見られる現代の型紙デザインを紹介するコーナー。


以上、世紀末芸術が好きな人には、時代の雰囲気を満喫できる、充実した展覧会だった。

この美術館の歴史史料室では『ジョサイア・コンドル』が愛した日本展も開催されているので、時間がある方はのぞいてみてください。
(正直言うと、それほど大した展示はなかったのですが……。)



帰りは、丸善の松丸本舗に立ち寄って、本を物色。

丸善ギャラリーで「萩 納冨晋作陶展」と「神山玄・大田和亜咲宜・武田晶子3人展」がやっていたので、のぞいてみる。

納冨晋先生の作品は、「青萩」という三島に淡い青い釉薬をかける独特のやきものだ。
洗練された造形に、宇宙的な青いブルー。
会場にいらっしゃった作家の先生に声をかけられ、少しお話をうかがう。
茶碗や花入れ、菓子器など、茶道具関係のものはほとんど売約済みだった。
個性的だけど、品のあるやきものなので、人気があるのもうなずける。

「3人展」では、質感豊かであたたかみのある、武田晶子さんの日本画にひと目ぼれ。
(こんな作品です、http://www.suiha.co.jp/?cat=9&aid=113
一目で気に入っても、すぐに買えないのが、悲しいところですが。


改修工事も終盤に入った東京駅
秋には竣工予定































2012年5月16日水曜日

ムットーニからくり劇場@世田谷文学館

自分はますますつまらなくなった。とうとう死ぬことに決心した。
それである晩、あたりに人のいない時分、思い切って海の中へ飛び込んだ。
ところが――自分の足が甲板を離れて、船と縁が切れたその刹那に急に命が惜しくなった。
心の底からよせばよかったと思った。
けれども、もう遅い。自分は厭でも応でも海の中へ這入らなければならない。(中略)
そのうち船は例の通り黒い煙を吐いて、通り過ぎてしまった。
自分はどこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかったと始めて悟りながら、しかもその悟りを利用する事ができずに、無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った。
夏目漱石『夢十夜:第七夜』


小雨が降るなか新緑がみずみずしい


五月の半ば、用事で近くまで来たので、ついでに世田谷文学館に立ち寄った。


杜若が咲く濠には、鯉がたくさん泳いでいた





企画展では『手塚治虫』展が開催されていたが、この日のお目当ては常設展の「ムットーニからくり劇場」。
ここでは、文学作品をテーマにしたムットーニ(武藤政彦氏)のからくりアートが1時間ごとに上演される。

上演される作品順に紹介すると:
(多くの作品では、ムットーニの朗読や音楽や効果音に合わせて、人形や舞台装置が動く仕掛けになっていた。)

●《漂流者》 2006年
この記事のエピグラフで引用した夏目漱石の『夢十夜』第七夜を作品化したもの。
大海原の波がうねるように回転する布で表現され、「波の底から焼け火箸のような太陽が出る」という箇所では波間から真っ赤な丸い太陽が顔を出して、沈んでいく。

原作に登場する、甲板で涙をぬぐう女性や、天文学の話をする異人、ピアノを弾く若い女性と歌を歌う背の高い男性などが、ハーフミラーの向こうに次々と映し出される。

物語の語り手は、最後に船から投身自殺を図る。船から身を投げた瞬間、猛烈な後悔に襲われるが、時すでに遅し。「どこへ行くんだか判らない船でも、やっぱり乗っている方がよかった」と思ったまま、なすすべもなく黒い波へと静かに落ちてゆく。

(ムットーニの作品には、「落ちてゆく男」がよく登場するように思う。)

わたしはこの作品を見ながら、(もともと多かったが)最近さらに多くなった鉄道(特に中央線)の人身事故について思いをはせた。


●《The Spirit of Song(詩の精霊)》 2006年
宮沢和史さんの『書きかけの歌』を題材にした作品。宮沢さんの歌が流れていた。

詩人にとって、詩とは何だろう。
もしかすると、彼は自らの囚われ人かもしれない。
だとしたら、その詩に出てくる「君」とはいったい何だろう。
詩人によって生み出されてしまった彼女。
彼女こそ、その詩の精霊であるかもしれない。
(作品解説より)

●《眠り》 2007年
村上春樹の短編『眠り』がテーマ。

昨日と一昨日が入れ替わっても、そこには何の不都合もない。何という人生だろう、時々そう思う。しかしそれで虚しさを感じるというのでもない。私はただ単に驚いてしまうだけだ。昨日と一昨日の区別もつかないという事実に。そういう人生の中に自分が組み込まれてしまっているという事実に。そういう時、私は洗面所の鏡の前に立って、自分の顔をじっと眺める。十五分くらい頭の中を空っぽにして、自分の顔を純粋な物体として観察する。そうすると私の顔は、だんだん私自身から分離していく。そしてたまたま一カ所に同時存在している別個のものになってしまう。」

 眠りと覚醒のはざまを生きる女性。
 彼女から分離した、「一カ所に同時存在する」彼女がハーフミラーに映し出される。
 鏡の向こう側のもう一人の彼女は、もう一つの人生を生きるのだろうか。

 この短編は比較的長いので、朗読も継接ぎになっていたが、ハルキワールドから抜け出した、ムットーニ独特の世界が創出されていた。


●《Alone Rendezvous》 2006年
レイ・ブラッドベリの『万華鏡』の一場面、宇宙船の爆発によって宇宙空間に投げ出され、流星群の中を落下していく宇宙飛行士を描いた作品。
マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》より間奏曲にのって、宝石箱のように美しい光の世界が展開する。

ホリスは目をこらしたが何も見えない。見えるのは、大きなダイヤモンドやサファイヤ、エメラルドのような霧や宇宙のビロードのようなインクの流れだけだった。水晶の炎にまじって神の声が聞こえた。ストーンが流星群に呑まれ、これから何年ものあいだ火星のまわりをまわり、五年ごとに地球に近づくのだと思うと、ある種の感動をおぼえ、想像力をかきたてられた。ストーンはこれから何百万年もの間惑星のまわりをまわるのだ。ストーンとミュルミドネス星団は、子どもの時、その長い管を手にとり太陽にすかしてくるくるまわして遊んだ、万華鏡のように、永遠に終わることなく色を変え形を変え続けるのだ。」 (川本三郎訳)

やがて宇宙飛行士は地球の大気圏にぶつかり、流星のように燃えながら落ちてゆく。

「 『ああ』と彼はいった。『だれか俺を見てくれるだろうか』

 田舎道を歩いていた小さな少年が空を見上げて叫んだ。『お母さん、見て! 流れ星だ!』
 輝く白い星がイリノイ州のたそがれの空を落ちていった。
 『願い事をするのよ』と母親がいった。『願い事を』」


(ここにも、「落ちていく男」を描いたムットーニの美学が反映されている。)


●《猫町》 1994年
朔太郎の『猫町』をテーマにした、からくり劇場の中では最も古い作品。
(ちなみに、この館の常設展では、朔太郎・川上澄生装幀の『猫町』(レンガ造りの床屋の窓から愛嬌のあるネコがのぞいている画)も展示されていた。)

●《月世界探検記》 1995年
海野十三の『月世界探検記』を題材にしたもの。
この原作は読んだことがないので、どういう場面なのかよく分らなかったけれど(この作品には朗読もついてないのです)、遠い昔に思い描かれた「ノスタルジックな未来」が表現されていて、味わい深い作品だった。
こういうキッチュなレトロ感が、ムットーニの初期の作品の魅力。

●《山月記》 1995年
中島敦『山月記』より。
人食い虎に変貌した旧友との再会。
人がトラの着ぐるみをきたようなトラが、なんとも、かわいい。


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常設展(コレクション展)では、朔太郎、森茉莉、大藪春彦、中村汀女、坂口安吾など、下北沢・三軒茶屋界隈になじみ深い作家たちの著書や原稿、愛蔵品などが展示されていた。

ほかの作家の原稿はレプリカが多かったけれど、森茉莉のエッセイは肉筆原稿だったので思わず見入ってしまった。助詞の修正が多いのが特徴的かな。最初は思いつくまま、ダーっと勢いで書いて、後でいろいろ(文法的に)修正したり、推敲したりするタイプなのかもしれない。

森茉莉愛蔵のクマみたいな、コロコロしたイヌのぬいぐるみや、鴎外(パッパ)から贈られたという愛用のモザイクの首飾りなども展示されていて、森茉莉ファンには嬉しいかぎり。

また、大藪春彦のコーナーには、松田優作主演の『野獣死すべし』(赤いドレスを着た小林麻美を抱いて、銃で狙いを定めている図)や『蘇える金狼』の映画ポスターもあった。

松田優作が夭折しなければ、もっとたくさん名作がうまれたにちがいないと言う人もいるけれど、夢ねこはそうは思わない。
『野獣死すべし』こそ彼の最高作品であり、彼はあれに魂のすべてを注ぎ込んだ。 
彼はあれをつくるために生まれてきたのだと、夢ねこは勝手に思っている。
もうあんな、凄い映画は、誰にもつくれないだろう。



喫茶室ではアトリウムを眺めながら読書が楽しめる
至福のひととき