2012年2月29日水曜日

フェルメールからのラブレター展:17世紀オランダの室内画

2月末の凍てつく夜にBunkamuraで開催されているフェルメール展に行ってきました。
                                                                                                                

本展覧会は4部構成となっていて、第Ⅰ部《人々のやりとり》と、第Ⅱ部《家族の絆、家族の空間》では、17世紀のオランダ絵画らしい室内画を中心に展示されていた。
(以下は、印象に残った作品の感想の覚書など。)

●ヘラルト・テル・ボルフ《音楽の仲間》(1642-44年)、《眠る兵士とワインを飲む女》(1660年代)

 《音楽の仲間》は、画家の兄弟をモデルにしてヴァージナルやヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバを演奏する人々を描いたもの。テル・ボルフらしく、楽器を演奏している人々とは思えないほど、無表情で、身振りが少なく、動きが静止している。楽器を奏でながら、みんなで瞑想にふけっているような趣があった。矩形を組み合わせた構図が効いている。

《眠る兵士とワインを飲む女》は、テーブルにうつ伏せになって眠りこける兵士と、右手にデキャンタ(?)を持ち、左手にワイングラスを持って、手酌でワインをあおる女性が描かれた絵。
女性は画家の妹がモデルになっていて、恋の苦しみが描かれているという解説だったが、女性の切ない胸の内を表現するにしては、「一人でやけ酒」の女性という主題では、ギャグのようで絵にならないというか、どうしてこのような主題を選んだのか理解に苦しむ絵だった。

テル・ボルフはワインを飲む女性の絵をたくさん描いているが、グラスを手にして物思いにふける風情を描いた絵は美しいが、ワインを飲んでいる最中の女性の姿を優雅に描くのは巨匠の筆でも難しいのだろうか。


このコーナーで特に心に残ったのが、ピーテル・デ・ホーホの《中庭にいる女と子供》(1658-60年)。
http://www.museumsyndicate.com/item.php?item=6943

黄昏時の中庭。これから夕飯の支度をするのだろうか、水差しを持ち、パン籠を抱えた赤いスカートの女性と、鳥籠を持った女の子が描かれている。
戸口から見える部屋の中では、テーブルをはさんで男女が語らい、静かな夕べのひとときを楽しんでいる。
少女が抱える鳥籠は、(自由はないが)壁に囲まれることによって守られる「中庭」、あるいは中庭が象徴する「家庭」に見立てることもできる。
しかし、この絵でとりわけ印象的だったのが、絵の消失点ともなっている中庭の出入り口だ。
中庭から階段が数段伸びたところに、出入り口の扉が開いている。
その扉口から、中庭の向こうの世界が見える。

高い壁に囲まれた中庭の中がすでに夕闇に包まれているのに対し、中庭の外の世界はまだ日没前で、空が明るく輝き、樹々が金色の光に照らされている。

飼い主に保護された籠の中の鳥が外の世界に憧れるように、いまは家庭と中庭によって守られている少女もまた、光り輝く外の世界を志向するのだろうか。

静かで穏やかな場面の中にさまざまな物語を想起させる美しい絵だった。



さて、第Ⅲ部のフェルメールの作品については、別項で感想を書くことにして、第Ⅳ部《職業上の、あるいは学術的コミュニケーション》では、おもに学者や弁護士などを題材にした知識人が描かれていた。

ここで面白かったのが、当時の書斎のしつらえだ。
レンブラントの弟子だったヘリット・ダウの《執筆を妨げられた学者》(1635年頃)には、伝統的な書斎のトレードマークともいえる書物や地球儀のほかにも、髑髏や砂時計など、「生のはかなさ」を暗示するヴァニタス的なものも置かれている。
コルネリス・デ・マンの《薬剤師イスブラント博士》(1667年頃)にも、薬剤師らしく戸棚の中に薬瓶が多数収められ(ガラスの瓶も脆く壊れやすいものの象徴)、楽器や地球儀が登場する。
「知るべきことはあまりにも多く、人生は短い」ことを示唆しているのだろうか。

コルネリス・ビスホップの《書斎の学者》(1655年頃)では、古びた書物が「天」や「小口」をこちらに向けて並べられている。
近代以降、本は(現在のように)背表紙を前に向けて並べるのが一般的になったが、昔は天や小口をこちらに向けて陳列するのがスタンダードだった。

(ヘンリー・ペトロスキー著『本棚の歴史』によると、かつて古い図書館では、本は鎖につながれていたという。つまり、表紙の前小口側に鎖がついていたため、背表紙を棚の内側に、小口を外側にして陳列するようになった。本から鎖が外された後も、この習慣がしばらく残ったため、17世紀当時のオランダでも小口を前にして本を縦置きしていたと考えられる。)




追記:本展覧会の室内画には必ずといっていいほど、人物以外にも、愛玩用の犬や猫が登場し、鳥籠が描かれていた。
裕福な家庭だけでなく、比較的貧しい部類に入ると思しき家庭でも同様の現象が見られることから、どうやら17世紀のオランダでは、いまの日本のような一大ペットブームが巻き起こっていたらしい。


Bunkamuraギャラリーでは、有元利夫と舟越桂版画展が開催されていた。
有元利夫の作品はバロック的でどこかノスタルジック。画集が欲しくなった。