2010年6月18日金曜日

紫陽花の季節の和敬清寂

                       
梅雨の晴れ間の夜、今年初めてのお茶のお稽古。
なんと、半年ぶりです。
仕事にかまけてずいぶんと足が遠のいてしまいました。
 
お茶のお稽古といっても、近くの公民館の茶道サークルだから、和気あいあいと、気楽な感じでやっています。

               今日のお花は紫陽花。
          会員の方がお庭に咲いていたお花を持参されたもの。


日が暮れてもまだまだ暑かったので、紺地に紫陽花柄の浴衣で参加。
もともと初心者だったわたしは、久々なので、まっさらな状態に逆戻りです。
今日は、薄茶の運び手前(平手前)をさせていただきました。


今日の「拝見」。

ーーお棗のお形は?  「利休型中棗でございます」
ーーお塗りは?     「宗哲でございます」
ーーお茶杓のお作は? 何か御銘はございますか?
   「お作は利休居士。銘は『ゆがみ』でございます」


と、こんな感じで、

今日は『細川家の至宝』展で目にした茶杓『ゆがみ』で茶を点ててみました(妄想全快)。

超一流の名品を扱っているつもりでお手前をしたほうが、ひとつひとつの所作が丁寧になるし、お道具にも「気」を込めて接することができる気がします。



           
         今日はお菓子は朝顔の練りきり。
         真ん中には朝露を模した透明な寒天があしらわれています。


 ここの茶道サークルでは、いわゆるアラフォーのわたしと、もうひとりの男性の方が最年少で、あとはみなさん五十代~七十代と、人生の大先輩ばかり。

 しかもみなさん、エイジレスで可愛らしくてパワフルで、本当に素敵なお姉さまたちなのです。

 彼女たちは人との付き合い方も、「君子の交わりは淡きこと水のごとし」という故事のごとく、深からず浅からず、適度な距離を保ちながら互いに接していらっしゃいます。



 彼女たちの姿を見ていると、お茶以外にも、人として大切なことを学べる気がします。

 

                   * * * *                                             


 わたしがお茶を習ってみようと思ったきっかけが、森下典子さんの『日々是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』でした。

 著者は、お辞儀の仕方などに「タダ者じゃない」雰囲気を漂わせたお茶の先生に出会い、茶道の世界に入っていきます。

 茶道教室となっている先生の自宅の庭には茶花が咲き乱れ、お稽古には毎回季節に合った素敵なお菓子が出されます。

 そのお花の可憐さや和菓子の美しさ、美味しさの描写が実に見事だし、何よりも、就職の失敗や結婚の破談、父の死など、著者の人生の様々な局面とお茶の教えとを重ね合わせていく、その構成がとにかく素晴らしい。

 特に、婚約者に裏切られて婚約を破棄した著者が立ち直るまでの描写には胸を打つものがあります。

 それから後半の雨の日のお茶のお稽古の様子を描いた場面は圧巻。

 雨垂れの中、「自己」や「思考」などは消え去り、すべてが鮮明に、感覚そのものになっていく。

 これこそが「悟り」の境地では!、と思わせるようなすごい場面です。

 お茶関係の随筆は多いですが、お茶の世界の楽しさ、面白さが凝縮された本書は、間違いなく珠玉のエッセイと言えるでしょう。 お茶に興味がある方におススメです。